鍋パーティーのブログ

再分配の重視を求める「鍋パーティー」の共用ブログです。

「ノブレス=オブリージュ」って「トリクルダウン」より当てになんないんじゃね?って話

と言う訳で、早速いの一番に自分がエントリを書くことにしたのだが、先ずは昨年暮れにTBSで放送された『サンデーモーニング年末スペシャル』の余りの酷さに辟易としたとこから話を始めるとしよう。

そもそも初っ端から酷かった。俗流の反グローバリズム満載で、それがイスラム国を生んだって調子。コメントしているのも香山リカに水野和夫とそれこそ眉に唾を何度もつけざるを得ないのが深刻そうに語っていて、終いにゃ誰だか忘れたが混沌に満ちて秩序が失われている→閉鎖的な封建社会に戻せってまで言っている。正直、グローバリズムや資本主義の“負”の部分を理解している自分ですら「これはひどい」としか言い様がない代物だった。

ピフのモノポリー実験

だが、その中で見るべきものが一つあった。それは社会心理学者ポール=ピフによる、ちょっとした実験だ。


Paul Piff: Does money make you mean?

こちらにその詳細が書かれているが、簡単に説明するとモノポリーと言うゲーム(多分馴染みが無い方も多いので、詳しくはWikipediaでの記事で)を使って、予めゲームのスタート時から“富裕層”と“貧困層”に分けてその上でモノポリーをやって貰おうというものなのだが、その結果被験者のグループ全てで“富裕層”が“貧困層”に対し態度が傲慢になったり自己中心的になってしまったということだ。

と、ここまでの話を聞いて旧『鍋党ブログ』の読者諸氏なら何か連想することは無いだろうか?そう、「ノブレス=オブリージュ」である。

「ノブレス=オブリージュ」言説の怪しさ

旧『鍋党ブログ』の当該エントリでは、「富裕者、有名人、権力者が社会の模範となるように振る舞うべきだ」「これを為さなかった事による法律上の処罰はないが、社会的批判・指弾を受ける」というWikipediaの記述や欧米の富豪が「経済危機だからこそ我々富裕層に課税を」と呼びかけていることを紹介し、「欧米の富豪はこうやって責任を果たそうとしている・それに引き替え日本の富豪は『ノブレス=オブリージュ』を果たしていないじゃないか」って言う具合に「ノブレス=オブリージュ」を格差是正・再分配の文脈で語っていた。

しかし当該エントリは丁度5年くらい前のものだ。そして最近の「ノブレス=オブリージュ」に関する言説は相当変質さえしている。それこそ富裕層は金を稼いで雇用を創り場合によっては寄附や慈善事業など「社会に対する責任を果たしている」ってハナシになり、「それに対して政府は我々に余計な口出しやら負担や求めて邪魔をしてさえしている」という具合になっているのは結構見受けられる。今を時めく小泉進次郎氏も、2年前に社会保障制度改革推進会議でこんなことを口にしているのだ。

最近(サッカーの)ワールドカップを見て感じたのは、結局一人ひとりに、国の制度の中で支援を必要としない圧倒的な個の力があれば、社会保障なんていらないんですね。たとえば(コートジボワール代表の)ドログバや(得点王になったコロンビア代表の)ハメス・ロドリゲスみたいな、1人で局面を打開できる人の集団だとしたら、そういった制度は必要ない

とは言いながら、小泉氏はそれに続けて

だけど、1人では負えないリスクをみんなで分かち合って生きていこうという制度が、国だからこそ、社会保障や安全保障など様々な制度が必要になってくると思う。なぜ社会保障が必要なのか、そこからしっかりと掘り下げ、分かりやすく発信をしていく必要があるのではないか。

と言っている訳なのだが、この小泉氏の発言で強調したとこを取り出せば、1人で局面を打開できるってのが「社会的責任」と看做されて、その恩恵に多くの人が被れば社会福祉社会保障・「再分配」なんて必要ないってことになり、そうした「ノブレス=オブリージュ」とやらの恩恵が行き届くには限界がある→だから公的な社会保障や再分配が必要、って具合になる。そう、「ノブレス=オブリージュ」は最早再分配や「公助」を否定するがための理由にすらなっているのだ。

安冨歩のピケティdisと「ノブレス=オブリージュ」

週刊金曜日 2015年 3/27 号 [雑誌]

週刊金曜日 2015年 3/27 号 [雑誌]

その思いを更に確信的なモノにしたのが『週刊金曜日』2015年3月27日号に掲載された及川健二氏による安冨歩・東大教授へのインタビュー「安冨歩東大教授はなぜピケティを読まないか」だ。自分は小平市立中央図書館で当該号のこのインタビューを読んでいたが、思わず「ふざけるな!」と叫びたくなるところだった。

  • 及川健二:ピケティは累進課税の強化とグローバル資産税を主張してますが、後者について否定的ですね。(引用者註:否定的というより実現可能性が低いと言っているだけ)
  • 安冨歩累進課税を強化したら資本が、強化した国から逃げていってしまう。そのためにグローバル課税をするというわけですが、どうやったら実現できるのですか。そのためには全世界で権力をお金持ちの手から奪わなければならない。そうしたらグローバル資産税をかけられます。でも、そのときには、そうする必要がなくなっているのではないですか。全世界で政治経済的な権力が「人民」の手に取り戻されているわけですから。
    累進課税の上限を80%にするのは、恐怖です。何が怖いかっていうと官僚が全てを仕切って、出鱈目な官僚システムにすべての経済的意思決定を委ねよということです。そうしたら、この国は破滅してしまいますよ。
  • 及川:では、どうすれば不平等・格差問題は解決しますか。
  • 安冨:ある権力関係によって生まれた不平等を、別の権力関係によって解決すると言うのは論理矛盾です。経済システムによって不平等が生まれるのは、そこに埋め込まれた権力関係が問題です。(中略)お金持ちや社会的地位の高い人は一般的に不幸です。何かを奪おうとする人に狙われるからです。とはいえ搾取される貧しい人も不幸です。しかし、奪われるものがなく、誰も奪いに来ない形で貧乏している人は、必ずしも貧乏ではないのです。ですから私はそういう人々を支援する政策を支持します。(中略)それと同時に重要なことは、労働が喜びになる職場を作り出すマネジメント能力のある経営者を生み出し、支援することです。個人を搾取するのではなく創造的にすることで利益を生み出す経営者がたくさんいないといけない。
    ピケティのような議論の仕方は、この様な論点を覆い隠してしまいます。

 何処をどう見てもピケティ批判をダシにした「再分配」否定と「ノブレス=オブリージュ」賞賛です。ほんとうにありがとうございましたw

自分が、安冨氏の言動に関してどれだけ批判しているかは上記Togetterでのまとめを参照して頂くとして、少なくとも上記の遣り取りの何処に「再分配」や格差是正などの意味を汲み取ることができよう?それどころか累進課税の強化を「恐怖」とさえ罵倒し、「誰も奪いに来ない形で貧乏している人は、必ずしも貧乏ではない」などと嘯いて恵んでやろうかとばかりに言い、挙句に「労働が喜びになる職場を作り出すマネジメント能力のある経営者を生み出し、支援する」などと、それこそ“やりがい搾取”なんかやっていそうなブラック企業の経営者が聞いたら喜びそうなことを言う、こういうことを正当化するがために「ノブレス=オブリージュ」なんて言葉が使われているのはまさしくディストピアそのものでしかない。

 

もっとも、自分が挙げたピフの実験に関してはモノポリーの愛好者から批判もあると聞くし、またピフ自身も「ほんの少しの心理的介入を施すことで、人の価値観に小さな変化が生まれること。ちょっとした刺激を与えることで、ある方向へ人を導くことができること。そして平等主義の考えや他人を思いやる心を取り戻すことができる」と楽観的な方向へ結論を導いちゃっている(実際、実験結果を記録したビデオを被験者に見せたら“改心”したとのことだ)。しかし、日本に於いてはどうか?それこそ新しい公共」だの「社会起業」だの「官民協働」だので、こうした「ノブレス=オブリージュ」言説の持つ危うさは余り見落とされがちなとこもあるし、何より自分に対する安冨氏の以下の罵倒を何処をどう以てしても「人の価値観に小さな変化が生まれる」なんて楽観主義者になれるだろうか?