(この記事は、9月7日に自ブログにあげ、その後加筆修正したものを転記したものになります。)
岸田首相の退陣表明前夜に、次の施策が少し話題になった。
この施策に対して、総裁選や総選挙を念頭に置いた人気取りだという批判が噴出したが、私も同意する。まさに、政権が特別に恩恵を与えることを、恩着せがましく強調するような施策であった。しかし、これは、手法があまりにも露骨で反感を買うものだっただけで、特別な給付や減税が政権の人気取りに利用されることは、近年では、べつに特別なことではない。
けれども、これは、望ましい財政のあり方ではない。それを説明するキーワードとなるのが、財政の所得再分配機能と自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)だ。まず、改めて、所得再分配機能とビルトイン・スタビライザーについて確認する。ここではあえてネットからの引用はせず、カシオの電子辞書に収録されている山川出版社『政治・経済用語集』から引用する。学術的にも異論の少ない基本的な用法を確認したいからだ。
財政は,所得を再分配して,所得の平等化に役立つということ。所得税の累進課税制度と,低所得者に対する医療・年金などの社会保障,相続税による財産所得の平等化などによって,所得の再分配の役割を果たす。財政の機能の一つで,所得再分配機能⑩ともいう。
ビルト=イン=スタビライザー(自動安定化装置)⑰
built-in stabilizer 累進(るいしん)課税制度や社会保障制度を組み入れておくと,財政が自動的に景気を調節する機能をもつこと。財政の自動安定化装置ともいう。具体的には,景気が後退して国民の所得が減ると,税率が下がるため可処分(かしょぶん)所得はゆるやかにしか減少せず,社会保障制度によって給付などを受け取る人が増えるから,景気の急速な後退が避けられる。景気の拡大期には,所得の増加にともなって税率が上がり可処分所得はゆるやかにしか増大せず,給付などを受け取る人は少なくなるから,景気の過熱が抑制される。
ご存知だと思うが、見出しの後の丸数字は、この用語を取り上げている高校教科書数を記したものだ。参考までに、どの教科書にも登場しているであろう「日本国憲法」を引くと、⑰と記されている。これらが学習必須用語であることが分かる。
さて、特別な給付や減税は、主に困窮者救済や景気対策を名目に行われる。しかし、所得再分配の項にあるように、そもそも財政は、累進課税制度や相続税などで得られる財源をもとに、低所得者に社会保障を行うものだ。また、自動安定化装置の項にあるように、累進課税制度や社会保障制度などによって、自動的に景気を調節するものだ。よって、特別な給付や減税による困窮者救済や景気対策が求められる状況というのは、財政が機能不全を起こしている状況なのだ。もちろんそれは、リーマンショックやウクライナ危機などのような非常事態に多くの原因がある。
しかし、「失われた30年」の間に行われた「財政改革」に目を向けると、それだけが原因ではなく、政府が積極的にこの財政本来の機能を失わせてきたことも原因であることが分かる。この間に、政府は、累進課税緩和や資産課税減税、社会保障の切り捨てを行なってきたからだ。ここから、現在、当然のように行われている特別な給付や減税は、政府が財政本来の機能を破壊したことの当然の帰結として必要になったものだといえる。それを政権の人気取りに利用するのは、まさにマッチポンプで、ろくでもない風潮だ。
ここで、今、立憲民主党の代表選と自民党の総裁選が注目を集めているが、そこでの議論を、この風潮を改める契機とすることができないか。そうした観点から焦点を当てたいのが、まず、立民の枝野幸男が代表選立候補表明に際して掲げた政策だ。
枝野の政策について、NHKの記事には、
消費税5%分の実質的な減税策として、中間層までを対象にした「給付付き税額控除」を創設することを打ち出しました
とあり、東京新聞には、
所得税などの累進性を強化すると訴えた一方、消費税減税には踏み込まなかった
とある。NHKの記事にある「給付付き税額控除」は、具体的な方法は語られていないが、何らかの形で、中間層の所得税などの税額を控除するとともに、低所得者には給付を行うものだろう。緊急時の特別措置としてではなく、平時から制度として低所得者に給付を行うものになるのではないか。そうだとすると、財政本来の機能を回復させる性格の政策になる。低所得者への給付は、本来なら、生活保護の拡充こそが求められるが、残念ながら、現在、それは、「水際対策」や「スティグマ」などの問題により、困窮者をもれなく機敏に救済するものとは程遠いものになってしまっている。よって、それを補助し、財政本来の機能を回復させるものとして、この「給付付き税額控除」は議論する価値のあるものだと考える。東京新聞にある「所得税などの累進性を強化する」ことは、ストレートに「失われた30年」の間に破壊された財政本来のあり方を修復するものだ。
実は、枝野が掲げたこれらの政策は、立憲民主党として新しいものではない。次の2023年11月の時事通信の記事は、立民がこれらを含む政策を、次期衆院選公約の原案として発表したことを報じている。
しかし、当時、立民がこうした発表をした印象は薄い。今、枝野に注目が集まったことを好機として、改めて、こうした方向での政策の競い合いを盛り上げていくことが求められる。*1
一方、自民党の総裁選では、金融所得課税の強化が争点の一つとして浮上している。
これも、ストレートに「失われた30年」の間に破壊された財政本来のあり方を修復するもので、こうした方向での政策の競い合いを盛り上げていくことが求められるものだ。しかし、自民党には、岸田文雄が首相になる前に総裁選でこれを掲げたものの、首相になるとすぐに取り下げた過去がある。
金融所得課税強化の議論を盛り上げていくこととあわせて、自民党がそれを拒んできたことを、必ず確認していかなければならない。
まとめになるが、立憲民主党の代表選と自民党の総裁選を好機として、今こそ、財政の所得再分配機能と自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)の修復・強化の議論を盛り上げることが求められる。