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鍋パーティーのブログ

再分配の重視を求める「鍋パーティー」の共用ブログです。

#保育園落ちたの私だ も育児休暇も根っこは同じなのだよ、大馬鹿者。

この匿名ブログが発端となって、この数日ばかり国の保育政策の貧困振り保育士の労働環境の劣悪さなど保育絡みの様々な問題が俄然注目されている。元々が匿名ブログへの投稿だっただけに政権側も当初はスルーを決め込んでいたが、 #保育園落ちたの私だ というタグがTwitterを席巻し終には国会前でデモが行われたり2万7千を超える署名が厚生労働大臣に突き付けられるなど、ここ最近の経済不調に加えて政権にとっては更に悩みのタネ(?)が増えた格好だ(おまけに総理大臣の家庭教師だったという自民党議員が「『死ね』という言葉には違和感がある」と言い出して、これまた批判の的にされて火消しに追われる始末)w

それならば、肝心の野党は何をやっている?と言えば、実はこれがお寒い代物ですらあったりする。

記事で「保育士や幼稚園教員の賃金は全産業平均より月11万円ほど低く、保育士の確保が難しくなっている」との指摘があるにも関わらず、「待機児童の解消のために人材を集めやすくする狙いで、保育士や幼稚園教員の賃金を引き上げる事業者に助成金を支給し、1人あたり平均で月1万円の賃金上昇を想定」しているというのだから、焼け石に水にも等しい弥縫策だということは一目瞭然だろう。「消えた年金」問題で華々しく活躍して“リベラル”の長妻昭氏が「相当な予算をかけて待ったなしで取り組んでいく課題だ」と強調していることすら空しく聞こえてしまう。そしてネット上の評判も散々、あまりに煽情的なものまで出る始末だ。

あの橋下徹までしゃしゃり出て(与党の無策を棚に上げて?)「幼稚園児でも言える政策」などと言うくらい、最早売り言葉に買い言葉・一帯具体策として何が必要かという冷静な議論は何処へ行ったのやら、って空気になっている。そもそも件のブログ自体、「不倫してもいいし賄賂受け取るのもどうでもいいから保育園増やせよ。オリンピックで何百億円無駄に使ってんだよ。エンブレムとかどうでもいいから保育園作れよ」「保育園増やせないなら児童手当20万にしろよ。保育園も増やせないし児童手当も数千円しか払えないけど少子化なんとかしたいんだよねーってそんなムシのいい話あるかよボケ。国が子供産ませないでどうすんだよ。金があれば子供産むってやつがゴマンといるんだから取り敢えず金出すか子供にかかる費用全てを無償にしろよ。不倫したり賄賂受け取ったりウチワ作ってるやつ見繕って国会議員を半分位クビにすりゃ財源作れるだろ」と言うくらい、それこそ保育政策への貧困から煽情的な物言いになっている面仕方がないと言えば仕方がないのかも知れないが。とは言いながら、味噌も糞もひっくるめて不満を爆発させている上に、更に煽情的な物言いで他の政策課題まで巻き込んでしまう危うさすらある。

そうこうしているうちに、ここ「鍋パーティーのブログ」にまで、こんなエントリが出てくる始末だ。

もうここまでいくと、最早再分配も社会政策も滅茶苦茶にした暴論としか思えない。そこで、このエントリを批判の俎上にあげてみよう。

そもそも『保育園落ちた日本死ね!!!』と言ったのは「エリート正社員」層なのか?

件のエントリでは、こう断言している。

このエントリーでは既婚者側の一方的な主張だけが書き殴られていて、子供たちの面倒を見る側の保育士に対する配慮が何ひとつ書かれていないからだ。前々から言われていることだが、日本の保育士の給料はあまりにも安すぎるのが現状である。以下、保育士の給料や労働時間などを調査したサイトを紹介するが、平均月収21万円、年収にして310万円しかもらえていない。しかも、所得税社会保険などを引かれたら、完全に年収300万円以下のワーキングプアだ。

 

断言しよう。保育士はれっきとした「奴隷」だ。そして、その「使用人」は、難関大学を経て一流企業に就職し、人生の勝ち組という名のレッドカーペットを我が物顔で闊歩している「エリート正社員」層なのだ。

しかし、その匿名ブログのエントリを書いた当人に、実は朝日新聞が取材している。

記者がメールでブログの主に連絡を取ると、東京都内に暮らす30代前半の女性と名乗った。夫と間もなく1歳になる男児と3人暮らし。事務職の正社員で、4月に復職の予定だったが、保育所に子どもを入れられなかったという。

 

都内の40代女性は5年前に出産。子どもを保育所に預けられなかったため、半年間、育児休業を延長し、その間に認可外保育所を探して職場復帰したという。「ブログの表現は乱暴だけど、よくぞいってくれたという気分」

 

ネット上の議論の矛先は国会論戦の「中身のなさ」や「やじの多さ」にも向かう。1歳の男の子を育てる女性(36)は「ブログを読み、自分の首がもげるのではと思うくらいうなずいた。国会のやりとりを聞いていると、政府が本気で考えているとは思えない」と憤った。

おそらくは件のエントリを書いた当人もこの記事を見ていたかも知れない。そして「正社員」という言葉から脊髄反射的に「エリート」ってステレオタイプを想像し、そこから「保育所落ちたの私だ」とデモしたり署名を出したりしたのを攻撃することになったのは容易に想像できる。

だが、果たして「保育所落ちたの私だ」と言い出しているのは「エリート正社員」なのか?というのがそもそも疑問符をつけざるを得ない。保育所の入所に際しては所謂各自治体ごとに入所選考基準が示されているが、例として我が地元・土浦市の例を挙げてみよう。就労時間に注目して頂きたい、正社員正規雇用の様に)就労時間が長い方が優先されて(パートや非正規雇用の様に)就労時間が短いと不利になるのが判る。少し古いデータになるが日本総研の新美一正が次のように指摘している。

こと近年の待機児童急増化問題の要因に注目を集中するならば、女性の自発的な社会進出願望の高まり以上に、生活防衛のために就業を余儀なくされる」ようになった女性数の急増、という社会状況変化のインパクトの方がはるかに大きい。このことは数字にもはっきり示されていて、97年4月の東京都の調査では、待機児童の母親はフルタイム(週35時間以上就労)の12%に対して、パート(同35時間未満)が46%求職者36%と、後2者の比重の方が圧倒的に高くなっている。認可保育園では入所基準の1つとして労働時間の長さを採用しているので、フルタイム勤務者児童の入所が優先されることも、その一因だ。生活防衛のためにパートに出ようとしても、認可保育園への入所は難しい。無認可保育園は質のばらつきが大きく、認可園以上の保育内容を持つところもあることは事実だが、それらの保育料は一般に認可園より高く、パート労働者の保育ニーズの受け皿とはなり得ない。保育料支出がパート収入を上回るようでは、そもそも就業する意義が失われてしまうからだ。勢い、こうした低所得層の保育ニーズは保育料の安い――えてして保育内容の劣悪な――一部の無認可園に流れることになる。

20年前から既にこうした問題は指摘されていて尚且つ未だ未解決(!)ということにも唖然としたくなるが、少なくとも「人生の勝ち組という名のレッドカーペットを我が物顔で闊歩している『エリート正社員』」という非難は現実とはかなりかけ離れた論難でしかない。寧ろ実際には「エリート正社員」の多く住む都心部に於いてこそ待機児童数が殆ど無いか少なく、待機児童数を多く抱えているのは大都市近郊の住宅立地の多い自治体であるということを考えれば「エリート正社員」でない方が保育所に入れないという可能性が大きい(そもそも、そうした「エリート正社員」の勤務する企業なら企業内で託児所を設置したりすることも──いわゆるCSRやインナー=マーケティングとして──珍しくはない)。

育児休暇を取ればいい?

更に件のエントリではこうも言っている。

「保育園が足りない」って叫ぶくらいなら、管理職に対して「育児休暇を認めろ」って要求したほうが手っ取り早いんじゃないですか? 「恩恵」を十分に受けている正社員なら、それぐらいの「労働者の権利」はいとも簡単に行使できますよね?

この御仁にとっては、いわゆるマタハラ(マタニティ=ハラスメント)さらにはパタハラ(パタニティ=ハラスメント)は存在しないことになっているんだろうか?

今引用したコトバンクにも記述がある様に、マタハラにしても現実には女性が被害を訴えられずに泣き寝入りしているのが多かったりする上に、男性のパタハラでも現実の人事考課や処遇とかの影響で「労働者の権利」を行使しようにも行使できなかったりするのが常なのだ。加えて正社員に比して身分が不安定になりがちな非正規雇用だったら尚更困難なのは普通の常識の持ち主なら理解できるだろう。無論、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法でタテマエの上では労働者に不利益な取り扱いをするのは禁じられている。それでもマタハラ・パタハラに遭ったという声は今なお少なからずある上に、出産して育休を取ったら(保育園が見つからなかったという理由で!)契約社員に降格され更には“雇い止め”で裁判になった事例さえ存在するのだ。

育児休暇も保育サービスも実は根っこは同じ

そもそも、保育園や幼稚園など保育サービスの充実を目指す政策と育児休暇を別次元どころか対立した政策として扱っていることに、件のエントリの最大の問題がある。

上記に挙げたのは、いわゆる会社で働きながら一方で保育サービスを受けている親たちの団体のだが、其処ではサービス事業者の時間内に子供を迎えられない場合の根拠法として「介護・育児休業法」が挙がっている(第16条の8)のだ!つまり育児休業法で育児の時間を確保することと保育サービスを充実させることは、出産や育児によって男女ばかりか担い手になるかに因って処遇や待遇に悪影響が出ない様にする政策だという点で同根ですらあるのだ。

しかも、

そもそも保育士に多額の給料を支払っても、それを消費するだけのプライベートな時間がなかったら全く意味がないではないか

と一見保育士に対し「弱者の味方」ぶったことを行ったのと同じ口でこう言っている始末だ。

私は「育児は家でやれ」と主張している。しかし、それはあくまでも育児休暇などの社会保障が充実しているという意味においてである。

 バカなの?死ぬの?そもそも保育士だって結婚して子供を産むこともあれば人の親にもなるでしょ?それで「育児は家でやれ」って、それこそ子供を産んだらプライベートな時間は犠牲にして育児に専念しろとでも言いたいの??そうでなくても、ここ最近は児童虐待とかネグレクト(育児放棄)だのとかが問題になっている(というより問題があからさまになっていると言うべきかも)御時世だ。ともすれば「育児は家でやれ」ってことで逆に親が全ての責任を押し付けられた挙句、子供を手にかける・・・・・なんてことだって決して可能性は低くない。「育児休暇などの社会保障が充実している」なんて言い訳程度の前提をつけてみたところで、結局は育児を凡て親の自己責任に帰す筋悪の主張にしかならない。

「あいつらは自分たちとは違う」が齎す害悪

今批判の俎上に挙げたエントリをはじめ、いわゆる再分配や福祉など社会政策の議論には後藤和智が指摘した様な)「あいつらは自分たちとは違う」という俗論に靡き易いきらいがある。つまり自分たちは恵まれてないのに何故あいつらは特別扱いされるのか云々という次第だ。その場合の「あいつら」は例えば女性や正社員であったり老人であったり或いは生活保護受給者や障碍者・在日外国人など兎に角「自分たち」と違うのが槍玉に挙がる。そして「あいつら」が受けている措置を味噌も糞も一緒にして“特権”として非難し、「自分たち」の犠牲の上に成り立っているのだから“特権”を剥奪しろ・意見を言うな・贅沢を言うな・少数派だから遠慮せよ等々と言っては、それこそ「自称弱者」或いは「自称弱者の味方」として振る舞い、そして「本当の弱者」を救う具体策に関しては何も持ち合わせていないばかりか無関心だったりするのだ。

正直なとこ、このエントリを書くだけでも自分としては無力感や徒労感を感じざるを得なかった。結局、一連の問題をめぐる言動を見ていて自分が呟いたことをここで繰り返さざるを得ないのだ。