鍋パーティーのブログ

再分配の重視を求める「鍋パーティー」の共用ブログです。

再分配や貧困・社会政策を文章にするということ・報じること

WelQが医学的に怪しい記事を載せていたというのを切っ掛けに、ここ一ヶ月ばかりネットメディアことに「キュレーションメディア」と称されるものへの批判が激しい。何しろ専門家が吟味して取捨選択するという「キュレーション」本来の意味とは裏腹に、記事を書いているのは専門知識もないド素人・検索エンジンの上位にヒットするがためのマニュアルなるものさえ存在し、結果量産される記事は剽窃・盗用も目立つものばかり・それこそ掲載ページの広告費収入さえあれば何でもありな玉石混交ばかりか所謂まとめサイトアフィブログと変わらぬ屑石の山という次第だ。

とは言いながらこの問題、このブログがテーマとしている再分配、更に進んで貧困や労働・福祉の社会政策全般においても無縁とは言い切れないとこがあるのだ。

目立つ煽情的な物言い

例えば「鍋パーティーのブログ」の前身(?)とも言える「Nabe Party ~ 再分配を重視する市民の会」にしてさえ、「利潤は世界を豊かにするか」といった記事が散見される。これについては以下の以下のエントリで駁しておいた。

nabe-party.hatenablog.com

 更にこのブログでさえ、こういうエントリが上梓されたりされる。

nabe-party.hatenablog.com

 これについても以下のエントリで丁寧に批判しておいた。

nabe-party.hatenablog.com

 しかし、傍目から見てそれこそ耳目を集めやすそうなのは自分が書いた記事よりは、ともすれば自分が批判の俎上に乗せた記事の方ではないだろうか。そう、これらの記事は煽情的にモノを言っているのだ。利潤や報酬が巡り巡って責任の問題に至ると事細かに講釈するよりは利潤は我々を豊かにしない!利潤を追うのは強欲だ!というのがスカッとするし解り易い。保育園落ちた日本死ね!というのが切っ掛けとなって保育をめぐる環境の問題に関心が持たれても、そこに複雑な利害や構図が絡んでも多くの人々を納得させるには時間がかかる。そんなことより敢えて幼稚園など奴隷施設だ!再分配からも逸脱してる!と極論(暴論!?)を持ち出した方が人々の注目を集め易い。況や、SEOだのマネタイズだのに関心が偏っているまとめサイトや「キュレーションメディア」をや、である。

解り易さで削ぎ落とされる問題

 こうした煽情的な物言いや耳目を集め易い解り易さ、それはこのブログのテーマである再分配や貧困や福祉の問題、更には社会政策に至る議論さえも歪めてしまう。それを取り上げているのが『東洋経済ONLINE』で連載されていた鈴木大介「『貧困報道』は問題だらけだ」である。

toyokeizai.net

鈴木の連載はどれも貧困や再分配・社会政策に関してに関して示唆深いものを示してくれているが、中でも自分が関心を関心を持ったのは2回目の「貧困者を安易にコンテンツ化してはならない」だった。

toyokeizai.net

少しばかり引用してみよう(強調部は引用者による)。

まず第一に、多くの「速報性」を求めるテレビメディアや新聞メディアのほとんどは、限られた短い取材期間の中で当事者を見つけ、さらっと取材してそれをコンテンツにしようとしてしまう。だがことに相手が貧困者の場合、そこで起きる弊害は、甚大だ。

さまざまな当事者取材の中でも、貧困者の当事者取材は本当の対象者の像が見えて来るまでに時間がかかるのだ。理由は明らかで、重度の貧困とは複雑な要因が長期間連鎖して陥るものだからで、むしろその要因が複雑でわかり辛いからこそ、彼らは支援の手からすり抜け続けて今も貧困にあるのだと言えるから。単に昨日今日失職したからというものではないからである。

この指摘で自分が想起したのは、数ヶ月前にネットの耳目を集めそれこそ“炎上”してしまった「貧困女子高生」の一件である。

biz-journal.jp

 

togetter.com

この“炎上”、そもそもがNHKの報道子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える」を切っ掛けとして、ネットで“素性の洗い出し”が行われ、挙句当事者の女子高生の個人情報はおろか、趣味のグッズや映画鑑賞・千円のランチなどの“粗探し”が行われ、生活が苦しいのなら「なるべく買い物をせず、倹約に努めほどほどの生活に我慢する」のが当たり前、趣味にも金使うな・千円も食事に使うなぞ贅沢だ・・・・・という具合に「相対的貧困」の現実を無視した節倹論の嵐に。挙句、『Business Journal』で「NHK特集、『貧困の子』がネット上に高額購入品&札束の写真をアップ」(当該記事は削除されているが、2chに転載された過去ログで記事の概要は読める)というのが掲載され、女子高生は心身にダメージを受けた。

とは言いながら、この一件の発端となったNHKの報道は『Business Journal』で報じてた様にそもそもドキュメント番組として報じられたわけではない。7時台のニュースで数分間程度取り上げられたものでしかない。その限られた時間で取り上げられるのはそれこそ限られてしまうであろうし、精々表面的なとこに触れて次のニュース、ってとこだろう。それでもネットで“粗探し”が行われ、「相対的貧困」の現実とはかけ離れた俗耳に入り易い節倹論が大手を振ってしまったのだ。

bigissue-online.jp

仮にこれが数分間のベタニュースでなくて、例えばNHKスペシャルの様に長期間生活の実態を追ったドキュメンタリーだったらどうだったろうか?少なくとも件の女子高生の生活実態に関する“粗探し”に関して多くの点で誹謗中傷の種となることは明白となり、彼女のプライバシーが少し明らかになったとして“炎上”の事態は防げたのではないかとさえ思う。

煽情的で安易な俗論が実態を歪める

無論、NHKにしてみれば取り上げただけ問題意識があったのだと言えばそうなのかも知れない。だが「貧困女子高生」の一件はそうした問題意識を安易に発揮して結果的に実態とはかけ離れた俗論や煽情的な主張・誹謗中傷を誘発してしまうことを示している。加えてネットメディアは有料化によるコンテンツ提供はありながらも、大概は広告収入が柱だ。当然衆目を集め易く解り易い・時には「暴論」とさえいうのまで歓迎されてしまうインセンティブが働き易い。そればかりかネットメディアでないリアルの紙メディアでさえもこういうのが載る始末だ。

president.jp

kazugoto.hatenablog.com

詳細な批判は後藤和智のブログに譲るが、現実に生活保護を受給している人間や担当者に取材をしてこんな「ドキュメント」を「フィクション」として書いたのだろうか?それこそ昨今の「キュレーションメディア」にわんさと出た怪しげな雑文と殆ど変わりが無いレベルのが、いみじくも書店で売られる雑誌にすら載るのがこの日本である。「キュレーションメディア」のお粗末さから始まった本エントリ、結局は煽情的で安易な俗論が罷り通り実態が歪められてしまう(ネットのみならずリアルに至るまで)言論の堕落を指摘することで〆とせざるを得ない。